商標権の放棄手続、押印の見直しでどうなった?
<新着コラム> 2021年6月18日
昨年メディアでも話題になった、「行政手続における押印廃止」の件ですが、特許庁に対する手続全般についても、押印の要否がすでに見直されております。
その結果、令和3年6月12日の時点で、特許庁への手続797種のうち、33種の手続を残して、提出書面への押印が「不要」となっています。
押印継続となった33種の手続については、運用が従来より厳しくなったと感じるものもあります。不適切な手続とならないよう、新しい運用の詳細には十分に注意する必要があるでしょう。
特許庁への手続における押印廃止の運用については、昨年末より始まっておりますが、当サイトでは話題として取り上げておりませんでした。そこで、今回のコラムでは、押印が継続となった手続をあらためて俯瞰した上で、そこに挙げられていない商標権の放棄手続の場合はどうなるのか?という点を見てみたいと思います。
1.押印が継続となっている手続とは?
現時点で押印が継続となっている手続は、下記の33種となります。
その理由として、「偽造の被害が大きい」ことが根拠とされています。
たしかに、たとえば権利移転や名義変更に関する手続で、本人確認が緩ければ、「なりすまし」による被害の発生が考えられますので、至極妥当であると思われます。
個人的には、むしろ「この33種だけで本当に良いのか?」と感じています。
政府の行政改革の一環として、今の混乱した社会状況の中、十分な検討時間をかけず一気に進められた印象があり、どこかに大きな穴があるような気がしてなりません。
なお、一般的な「押印廃止」賛成派の意見として、「印鑑だって偽造できるのだから、安全性は変わらない」などとよく言われます。しかし、特許庁への手続に関して言えば、従来より企業の代表者印で押印することが多いですし、以降の手続では同じ印鑑を使用することが運用で求められておりましたので、多少の手間はかかるものの押印による「なりすまし防止・抑制」の効果は、それなりにあったように思います。
手続が簡便になったことで、新たなトラブルが生じないよう、今後も、運用については定期的に見直していくことが必要でしょう。
<押印が継続となった手続>
(1)出願中の権利(8種)
(2)特許権等の移転登録に関する手続(25種)
※特許庁「特許庁関係手続における押印の見直しについて」より
2.商標権の放棄手続の場合はどうなるのか?
ところで、上記の押印が継続となった手続一覧を見ると、商標権の放棄手続(抹消登録申請、一部抹消登録申請)については掲載されておりません。
放棄手続をすることは(代理人としても)まれかと思いますので、今まで気にしていなかったのですが、ふと「あれ?そういえば・・・」と思い当たった次第です。
上記の一覧にないということは、商標権の放棄手続の書面に、押印は不要ということで良いのでしょうか?
もし不要だとすれば、「なりすまし」の申請によって、他人の商標権の放棄が簡単にできてしまう穴があるということにはならないでしょうか?
これについて確認したところ、提出する「放棄による権利抹消登録申請書」、「商標権の一部抹消登録申請書」および添付する「放棄書」については、押印は不要のようです。念のため、特許庁に電話で確認しましたが、やはり「形式的には不要」とのことでした。
実際、特許庁の以下のページでも、押印については言及されておりません。
・「放棄による権利抹消登録申請書」
・「商標権の一部抹消登録申請書」
ただ、これらのページにもひっそりと書かれておりますが、このままですと簡単に「なりすまし」による他人の商標権の放棄ができてしまいますので、新しい運用として、「誤った申請による抹消を未然に防ぐため、本申請があった場合は、申請人(代理人)宛に特許庁から事前意思確認を行います。」ということになったようです。
3.「特許庁からの事前意思確認」とは?
では、この「特許庁から事前意思確認」とは、どのように行われるのでしょうか?
特許庁に聞いてみたところ、「往復はがきによる確認」とのことでした。
おそらく、商標権の放棄申請がされると、申請人である商標権者の元に意思確認の往復はがきが届き、「相違ありません」のような項目にマルを付けて、特許庁へ返送することになるのでしょう。結婚式の招待状のようなものになるのでしょうか。
たしかに、このような運用にしておけば、「なりすまし」は一応防止できそうです。
ただ、代理人が悪さをするという可能性もゼロではありませんので、往復はがきの送付先は、代理人がいる場合でも、申請人とした方が良いのではないかという気はします。
また、当然ですが、(なりすまされた場合の)郵便事故なども考慮し、「返信がない場合には、そのような意思はないとみなす」のような取扱いとしておく必要があると思いますが、このあたりはどうなっているのでしょうか。
なお、特許庁に問い合わせた際、このような意思確認のやり取りで時間を要することがイヤであれば、申請書面に実印で押印した上で、印鑑証明書を添付するやり方でもOKとすることを「考えている」ということでした。この点、現時点でははっきりしない印象でしたので、時間短縮をしたい場合は、あらためて特許庁に詳細をご確認ください。
まとめ・コメント
行政手続における押印の要否の見直しにより、特許庁への手続は、現時点で33種だけが「押印継続」となっています。
押印が継続された手続に関しては、運用が変わっているものもあります。
新しい運用については、十分に詳細を確認しておく必要があるでしょう。
特許庁の「登録に関する申請書及び添付書面への押印について」が参考になります。
商標権の放棄手続、一部放棄手続の書面でも、形式的な押印は不要ということです。
ただし、「なりすまし」による商標権の放棄手続が懸念されることもあり、新しい運用として、特許庁からの事前意思確認がなされることになっております。
これにより、商標権の放棄手続については、以前より時間を要することになると考えられますので、ケースによっては注意が必要でしょう。
個人的には、押印継続は「この33種だけで本当に良いのか?」と感じています。
今後、押印廃止による思いもよらない穴が生じないことを祈る次第です。
なお、代理人となる弁理士の立場からすると、特に委任状については、押印が不要となったのは早急な手続が可能となる点で歓迎される一方、依頼人とのトラブルが生じるリスクは高まったように感じています。お互いの良好な信頼関係の維持のためにも、この点、日頃のやりとりをしっかりと記録(書面)に残しておくなどの、より丁寧なフォローが必要となることでしょう。
※2021/6/18:記事の内容を一部修正しました。