「商標登録の失敗」とは何を意味するのか?
<新着コラム> 2021年5月24日
先日、インターネット検索をしていた時のことです。
ある特許事務所による商標登録に関するリスティング広告が、ふと目に留まりました。
そして、そこには「格安事務所で失敗していませんか」のような文言がありました。
いろいろな解釈ができそうな文言ですが、おそらく、ここでは「商標登録で失敗していませんか?」と言いたいのだろうと思います。
ところで、「商標登録の失敗」とは何を意味するのでしょうか?
一般の事業者の方々は、「商標登録ができないこと」と理解するかもしれません。
たしかに、まずはこのように理解するのが普通だと思われます。
しかし、我々専門家からすると、決してそれだけが「失敗」ではありません。
「商標登録ができていても失敗している」ということも少なくはないのです。
この広告が真に言いたいのは、おそらく、この点だと思われます。
そこで今回は、「商標登録の失敗」の意味について、詳しく述べたいと思います。
1.その①:「商標登録ができない失敗」
まずは、一般的なイメージどおり、「商標登録ができない失敗」が挙げられます。
出願をしたものの、類似する先行登録商標が存在していて登録が拒絶された。
出願をしたものの、商標に識別力が認められないとして登録が拒絶された。
主に、こういったケースが多いことでしょう。
ただ、これらは事前に商標調査をしておくことで、ある程度の予測は可能です。
特許事務所(弁理士)に依頼せずにご自身で出願をした場合は、この商標調査をやらなかった、調査はしたが登録可能性を判断できる知識がなかった、期限内に必要な手続をしなかったなどが、ここでいう「商標登録の失敗」の原因になると言えるでしょう。
特許事務所(弁理士)に依頼した場合は、事前にある程度のリスクを知った上で出願を行なうことになりますので、登録拒絶となっても「失敗」とまでは言えないと思います。ただし、弁理士の調査が杜撰だった、意見書での主張がヘタクソだった、期限内での手続を失念していたなどの理由により、「商標登録の失敗」を引き起こすことはあり得ます。
2.その②:「適切な商標登録になっていない失敗」
商標登録ができないことだけが、「商標登録の失敗」ではありません。
商標登録ができたとしても、失敗していると言える場合があります。
その代表が、「適切な商標登録になっていない失敗」です。
具体的には、願書に記載した、(1)商標が適切ではない、(2)指定商品・指定役務が適切ではないことが引き起こす失敗となります。
まず、「(1)商標が適切ではない」というのは、登録対象として選ぶべき商標やその態様にズレが生じてしまうことです。
商標登録の対象は、基本的には、実際に使っている(または、使う予定の)商標とするべきです。
しかし、出願時にはまだ正式に決まっておらず、文字種やデザイン態様などが定まっていないこともあります。そこで、とりあえずの候補を商標登録したものの、実際に使用する場面においては、商標の態様が少々異なるものとなる場合も少なくないでしょう。
この際、異なる程度が高ければ、実際に使用する商標にまで、その商標登録の保護が及ばない可能性があるのです。つまり、これでは何のために商標登録をしているのかわからないということになります。
ただ、この場合、実際に使う商標を、商標登録をした商標と同じにすれば解決します。また、もし間に合うのであれば、実際に使っている商標の態様についても、追加で商標登録をすれば問題はなくなります。そういった点では、次の「(2)指定商品・指定役務が適切ではない」ことによる失敗の方が、はるかに深刻です。
そして、その「(2)指定商品・指定役務が適切ではない」という失敗ですが、これは出願人の業務にマッチした指定商品・指定役務の記載を間違ったり、書き落としてしまったりすることです。
今さら説明は必要ないかもしれませんが、願書に記載した指定商品・指定役務というのが、その商標登録(商標権)による保護範囲となります。ですから、少なくとも出願人がその商標を使う商品・役務が確実に含まれるように、願書の記載をする必要があります。
この際、記載を間違ったり、書き落としてしまったりすれば、肝心なところに商標登録による保護が及ばない可能性があるのです。つまり、はっきり言うと、まったく意味のない無駄な商標登録をしてしまっているわけです。「商標登録の失敗」の中でも、致命的な失敗と言えるでしょう。
一例としてありがちなのが、商品を取り扱う事業者が、その商標を自社の広告物に表示するからといって、第35類「広告業」を指定してしまうケースです。他にも、たとえば、タクシー会社が、その商標をタクシーの車体に表示するからといって、第12類「自動車」を指定するようなケースも想定できます。
専門知識のない事業者の方々が、ご自身で商標登録の手続をしたような場合に、特にありがちな失敗と言えるでしょう。特許事務所(弁理士)に依頼した場合でも、弁理士が時間をかけてしっかりとヒアリングをしなければ、十分に発生し得る失敗と言えます。
3.その③:「防衛的・予防的な視点の不足による失敗」
商標登録は、実際に使っている(または、使う予定の)商標を、その商標を使う商品・役務を指定して行うことが、大原則です。ですが、ある程度は、防衛的・予防的な視点も含めた上で、戦略的にその商標を保護していくことも必要です。
防衛的・予防的な視点が不足していると、思わぬ失敗をすることがあります。
この失敗も、(1)商標に関するものと、(2)指定商品・指定役務に関するものがあります。
まず、(1)商標に関する場合の一例を見てみましょう。
たとえば、当職が、「紫苑ファイヤー」、「紫苑ブリザード」、「紫苑サンダー」いう商標を用いて事業を行なっていたとします。そして、全てきちんと商標登録したとします。指定商品や指定役務の選別も問題ありません。
さて、はたして「これで完璧、安心だ」と言えるでしょうか?
この例の場合、当職のメインブランドは「紫苑」だと言えるでしょう。
しかし、「紫苑」単独の文字については商標登録をしているわけではありませんから、たとえ「紫苑ファイヤー」などを登録していても、この部分のみにまで保護が及ぶわけではありません。
実は、今の特許庁の運用では、特別な事情がない限り、「紫苑」と「紫苑ファイヤー」などは似ていないと判断されます。つまり、もし他社が「紫苑」を出願してしまったら、そのまま商標登録が認められてしまうということです。こうなれば、当職としては青天の霹靂、途方に暮れてしまうのは明らかです。
実際の実務の場においても、このように「すり抜け」るように、大切なところが他社に商標登録されてしまうケースはよく目にします。すでにした商標登録自体が失敗しているわけではありませんが、広い観点から見れば、かなり深刻な失敗とも言えるのではないでしょうか。
次に、(2)指定商品・指定役務に関する場合の一例を見てみましょう。
たとえば、当職がアパレル会社で商品として洋服を取り扱っていたとします。そして、その商品に商標を使うので、第25類「被服」を指定して、きちんと商標登録したとします。
さて、はたして「これで完璧、安心だ」と言えるでしょうか?
たしかに、今は商品として洋服しか取り扱っていないかもしれません。
しかし、事業が軌道に乗れば、その商標を他にも履物やバッグ、アクセサリー等にも使って、広く商品展開をする可能性は考えられないでしょうか?
そうすると、現状の商標登録だけでは、これらの商品分野における保護まではカバーできないことになります。もちろん、後から追加で商標登録をするという方法もありますが、いつの間にか他社がそれらの商品分野ですでに商標登録をしてしまっているかもしれません。そうすると、新たな商品分野への商標の使用については、見送らなければなりません。これは、事業戦略におけるダメージが大きいと言わざるを得ないでしょう。
このような場合、出願時に将来の商品展開や、他者に商標登録を取られたくない商品分野のことまで、考えが至らなかったのが失敗の原因と言えるでしょう。たしかに、将来の商品展開までを予測するのは簡単ではありません。しかし、少なくとも「履物」については、「被服」と同じ第25類に含まれる商品ですから、少し想像力を働かせれば、これを含める必要性には容易に気付くことができたはずです。
すでにした商標登録自体が失敗しているわけではありませんが、将来を見据えた権利の「取りこぼしがある」という点では、これも失敗の一種と言えるのではないでしょうか。
これらの「防衛的・予防的な観点の不足による商標登録の失敗」は、さすがに商標登録にある程度は慣れていなければ、回避するのは難しいと思われます。専門知識のない事業者の方々が、ご自身で商標登録の手続をする場合には要注意です。
一方で、特許事務所(弁理士)に依頼した場合でも、弁理士が時間をかけてしっかりとヒアリングをしなければ、十分に発生し得る失敗だと言えます。このような「防衛的・予防的な観点」も当然のように踏まえた上で検討・提案ができるかどうかで、その弁理士の実力もわかるというものです。
4.「商標登録の失敗」にはなかなか気付かない
その他、炎上的な観点からの失敗や、外国でも商標登録をする可能性の配慮不足による失敗など、他にも様々な失敗が考えられますが、ここでは語りつくせませんので、割愛させていただきます。
ところで、商標登録の失敗が判明するまでには、タイムラグがあるのが普通です。
特に、「商標登録ができているが失敗している場合」(その②、その③)です。
いずれも登録後、数年経ってから明らかになることが多い印象があります。
実は、失敗をしていることに気付ければまだマシな方で、中には何年たっても気付かない事業者もいます。意味のない、無駄な商標登録をしてしまっているにもかかわらず、安心しきって、その商標を使っているケースも少なくありません。その場合、実際に他社とトラブルになって初めて失敗に気付き、慌てふためくというのがほとんどです。
商標登録に失敗していても、誰も教えてはくれないのです。
特許事務所(弁理士)に依頼せずに、ご自身で商標登録の手続をしたような場合は、特に注意が必要でしょう。
ネット上のSNSなどでは、「専門家に依頼しなくても、商標登録は自分でできる!」といった投稿を自慢げにしている人をしばしば見かけますが、これが本当に「失敗」していないかは疑問です。これまで見てきたように、「商標登録ができた」=「商標登録で失敗していない」ではないからです。たとえ商標登録ができていても、失敗していては意味がありません。
このように、商標登録は非常に奥が深いものです。
決して、簡単手軽になどできるものではありません。
だからこそ、専門家である弁理士への依頼、その中でも、専門性の高い弁理士に依頼することが、できるだけ失敗をしないためにも大切となるのです。
5.まとめ ~商標登録で失敗しないために~
以上のように見てくると、冒頭の「格安事務所で(商標登録に)失敗していませんか」という文言の意味合いも、多少見方が変わってくるのではないでしょうか。
この広告の文言のように、多くの弁理士は、特許事務所が度を過ぎた格安料金で商標登録サービスを提供することについて否定的というのが現状だと思います。
たまに、「自分の依頼人を相見積もりで横取りされた!格安事務所はけしからん!」と言って怒っている弁理士を見かけますが、問題視しているのはそこではありません。
どのような事業でも同じでしょうが、格安料金でサービスを提供しようとすれば、利益を得るためにはより多くの数をこなす必要があります。しかし、時間は有限ですから、依頼の1件1件にかけられる時間は少なくなるというのが普通でしょう。ですから、特許事務所(弁理士)が格安料金で商標登録サービスを提供しようとすれば、必然的に、依頼の1件ごとにかけられる時間は少なくなるでしょう。
しかし一方で、「商標登録の失敗」というのは、これまで見てきたように、十分な事前検討やリスク分析の不足が原因となることがほとんどです。
つまり、十分な時間をかけられないまま多くの依頼をこなそうとすれば、このような商標登録の失敗を引き起こすおそれが高まることが懸念されるわけです。
そういった点で、多くの心ある弁理士、とりわけ商標を(本当に)専門とする商標弁理士は、依頼の1件ごとに十分な時間をかけられないであろう格安特許事務所への商標登録の依頼について、依頼人の不利益やリスクという観点から危惧をしているのです。冒頭のリスティング広告を行なった特許事務所の真意も、ここにあるものと思われます。
もちろん、格安特許事務所のすべてが悪いとは思いません。
格安特許事務所には、格安特許事務所の良さもあるはずです。
安くても、良質なサービスを提供している弁理士もいるでしょう。
実際に「商標登録の失敗」をしている程度も、当職には窺い知ることはできません。
とはいえ、論理的には、上述の理由によりリスクが増すという点も否定はできません。
特許事務所に依頼するにしてもしないにしても、また、それが格安事務所であるかどうかにしても、商標登録に失敗しないために大切なのは、「商標登録についてよく知ること」、そして「想像力を働かせること」、「リスク分析を怠らないこと」だと当職は考えます。
また、ご自身が失敗に気付いていないという事態を避けるためにも、商標登録後、専門性の高い弁理士によるチェックやカウンセリングを適宜受けるのも良いでしょう。特許事務所(弁理士)に商標登録を依頼しなかった場合は、特にオススメです。
繰り返しになりますが、「商標登録の失敗」というのは、商標登録ができないことだけではなく、商標登録ができた場合にも起こり得ます。この点、くれぐれも注意していただきたいと思います。