商標関連ニュースで誤解しないために①
<新着コラム> 2020年6月9日
我が国では、商標に関するニュースが定期的に話題になる傾向があります。
それらの中でも、
「〇〇〇という商標について、商標登録出願がされていることが判明!」
といったニュースは、特に一般の人々の関心を惹くようです。
こういったニュースに関しては、ネット上でも多くの反応を見ることができます。
このように、商標について一般の人々に興味を持ってもらうことは、我々専門家にとっても喜ばしいことです。しかし、それに対する反応や意見を見ると、商標制度、特に商標登録について、誤解をされている方が多く見受けられるようにも思います。
先日も、中国広東省の個人が、日本の特許庁に「AINU」を商標登録出願している事実が判明したという話題が、ネットニュースなどで取り上げられました。これに対する人々の反応や意見を見てみましたが、やはり誤解も少なくないようでした。
せっかく商標に興味・関心を持ってもらっているのに、もったいないことです。
そこで、本コラムでは、商標関連ニュースを誤解せずに正しく理解するための注意点を、数回にわたって指摘してみたいと思います。
「商標登録出願」と「商標登録」の違いを意識する!
当職の見る限り、もっとも多い誤解は、「商標登録出願」と「商標登録」の違いが理解されていない点であるように思われます。
たとえば、
「〇〇〇という商標について、商標登録出願がされていることが判明!」
と聞くと、どうやら「商標登録されている」ものだと勘違いしてしまうようです。
専門知識のない一般の人々からすれば、このような勘違いをするのは、無理もないのかもしれません。しかし、ここを勘違いすると、そのニュースの意味合いがまったく変わってくることも少なくありません。また、そのニュースに対する反応や意見が、「見当違い」なものになってしまうおそれもあります。
この点、少しくどくなりますが、大事なところなので以下に説明します。
1.「商標登録出願」と「商標登録」は別物
まず、下の図をご覧ください。
これは、商標登録までの流れを、かなりシンプルに表したものです。
順に簡単に見てみましょう。
まず、商標登録をしたいと思ったら、特許庁に申請をすることが必要です。
ここでは、イメージしやすいように「申請」という語を使いましたが、
正確には「出願」と言います。願書を特許庁に提出するわけです。
「商標登録出願」というのは、つまりはこの「出願」のことです。
これらの出願は、特許庁で所定の「審査」がされます。
そして、審査をパスしたものだけに、「商標登録」が認められるのです。
出願をすれば必ず商標登録されるというわけではありません。
正式に商標登録がされると、「商標権」という強力な権利が発生します。
この権利があって初めて、他人が勝手に似たような商標を使った場合に、文句を言うことができるわけです。
なんとなく、イメージできたでしょうか?
「あれ?じゃあ、商標登録出願と商標登録とでは全然違うのでは・・・」
そう思われた方、正解です。
2.「商標登録出願がされた」の意味は?
「〇〇〇という商標について、商標登録出願がされていることが判明!」
といったニュースのように、「商標登録出願がされた」という語が使われている場合には、通常、出願手続がされた状態であるにすぎません。
雑に言ってしまえば、まだ「願書が特許庁に受理されただけ」の状態です。
(ニュースで話題になる場合、未審査の状態であるのが普通でしょう。)
当然、他人の使用に対してどうこう言える権利は、何ら発生していません。
ちなみに、願書が受理される段階では、内容はチェックされません。
願書の体をなしていない場合はさすがにダメですが、内容に不備があろうが、明らかに登録が認められない商標が記載されていようが、とりあえずは受理されます。
その後で、方式審査とか、実体審査がされることになるのです。
ですから、「商標登録出願がされた」ものの中には、当然登録できないものも多く含まれており、その後の審査によって、実際に商標登録を認めるかどうかが判断されることになります。
なお、受理された出願については電子データ化され、公開されます。
基本的には機械的に一律データ化され、内容の審査は行われていません。
このデータは、誰でもネット上の「J-PlatPat」で閲覧することができます。
「〇〇〇という商標について、商標登録出願がされていることが判明!」
というニュースの大半は、この公開データから判明することがほとんどです。
3.「商標登録がされた」の意味は?
一方、「商標登録がされた」という語が使われている場合には、すでに特許庁による審査をパスし、正式登録を受けて、商標権が発生している状態をいいます。
つまり、「商標登録出願がされた」と、「商標登録がされた」では、
まったくステージも意味合いも違うのです。
「商標登録出願」と「商標登録」の違い、この点だけは誤解しないようにしてください。商標ニュースの記事では、いったいどちらの状態なのか、しっかりと意識することが大切です。
4.ニュースにおける意味合いは大きく変わる
ニュースで話題になった商標が、「商標登録がされた」状態であった場合、強力な商標権を持っていますから、一応は権利行使が可能な状態です。ですから、それが不当・不正だと思われれば、(言い方は悪いですが)「騒ぐ」必要性や批判する意味もそれなりにあるでしょう。
一方で、「商標登録出願がされた」状態であれば、まだ審査もされずに、出願が受理されただけの状態であることがほとんどです。それが不当・不正だと思われれば、特許庁の審査官がしっかり登録拒絶をします。ですから、明らかに悪意が見て取れる場合は別として、この段階で大げさに「騒ぐ」必要性や厳しく批判する意味があるのか、個人的には疑問です。
先日話題になった「AINU」は、「商標登録出願がされた」というものでした。
そして、審査待ちの状態ということでした。
ですから、上記に基づけば、特許庁が本件の取材に対して、「商標法に基づいて判断する」と回答したのは当然ですし、現時点でそれ以上は何も言えないのです。
というか、そもそも取材することが間違いです。
今後、審査で登録が不適切と判断されれば、登録拒絶となるだけです。
というわけで、商標関連ニュースに出てくる商標が、まだ「商標登録出願がされた」状態であれば、実は「そこまで騒ぐことではない」ケースも少なくありません。
ただ、たとえまだ「商標登録出願がされた」状態であっても、社会的に大きな話題になれば特許庁も審査をより慎重に行ないますから、全然意味がないわけでもない、という考え方もできます。
「〇〇〇という商標について、商標登録出願がされていることが判明!」
といった類いには、ニュース配信者に何らかの意図がある可能性もあるでしょう。
この視点にも、ぜひ注意していただきたいと思います。
5.筋違いの批判をしないように注意!
「AINU」のニュースの件では、「特許庁はけしからん!!」といった意見が、ネット上で散見されました。
おそらく、これも「商標登録出願」と「商標登録」を誤解してしまった一般の人々によるものでしょう。「民族の名称に商標登録を認めてしまうなんて、特許庁はなんてひどいんだ!」といったニュアンスなのだと思います。
ですが、この批判は完全に筋違いです。
ここまでお読みいただけるとおわかりと思いますが、現時点で特許庁には1%も落ち度はありません。なぜなら、特許庁は出願を受理しただけにすぎないからです。
商標登録を認めるか認めないかの審査はこれから、です。
こういった誤解に基づく根拠のない批判は、最近話題の「誹謗中傷」にも該当しかねませんので、十分に注意してください。
<次回に続く>