AIと商標業務の再考①
<新着コラム> 2019年11月15日
最近、AI(人工知能)の話題性が、ますます過熱している印象を受けます。
書店に行くと、「AIに負けない〇〇〇」とか「AI時代の〇〇〇」といったタイトルや特集の書籍・雑誌を、必ず見かけると言ってもよいほどです。
ところで、もう2年ほど前になりますが、「弁理士業務の92.1%がAIで代替可能」と言われたこともありました。これについては、以前に当サイトのコラムでも述べました。
では、その後、弁理士業務においてAIによる大きな変化はあったのでしょうか。
商標業務について個人的に言えば、そのような実感は正直ありません。
そこで今回は、2回にわたり、AIと商標業務について再考してみたいと思います。
なお、本記事は現時点での当職の理解の範囲内によるものです。
当職はAI技術の専門家ではありませんので、理解不足や間違った指摘等も含まれているかもしれませんが、何卒ご容赦いただけますと幸いです。
1.現在のAIの特徴とは?
実は、「AIの明確な定義はない」と言われています。
ですから、ただのIT技術を「AI」と称して売り込む「なんちゃってAI」のビジネスも、世の中には相当数存在しているようです。
機械学習を伴うような「ちゃんとしたAI」でも、現在ではまだ「弱いAIで専門特化」というレベルが一般的です。特撮やアニメに出てくるような、何でもできる万能AIというものは、現時点では到底存在し得ませんし、今のところ登場の目処も立っていません。
「AI(人工知能)」というと、何だかものすごい技術を連想する人も少なくないと思いますが、現在ではまだ「そこまででもない」と言えそうです。
では、そもそもAIには、どのような特徴があるのでしょうか。
現在のAIについては、ざっくり言えば以下のような特徴があると考えられます。
② AIのプログラムを書くのは、結局は人間
③ AIは、結局はプログラムしたことしかできない
④ AIは、意味を理解していない
⑤ AIは、理由を教えてくれない
AIという技術が、自立的に何から何までをこなすわけではなく、結局は、人間が動作をあらかじめ指定して、想定通りのタスクをさせているといったイメージになろうかと思います。
2.AIを商標業務に活かすには?
それでは、AIは商標業務でどのように活かせるのでしょうか。
上述の特徴を踏まえて、考えてみました。
今月のコラムでは、まず「活かせそうなもの」について述べてみたいと思います。
※「難しそうなもの」については、来月のコラムで掲載いたします。
(1)図形商標調査
画像認識は、現在のAIがもっとも得意なことの1つと言われています。
医療分野においては、精度の高い画像診断が可能になっているようです。
同じ原理で、図形商標調査も高い精度で可能になるのではないかと思われます。
図形商標同士の類否判断は、基本的には「外観(見た目)」だけですので、指定商品・指定役務との関係性や取引の事情といった条件もほとんど考慮しなくて良さそうです。実際に、AIを用いた先行図形商標調査については、特許庁でも導入が進められているようです。
ただ、実際の商標実務における図形商標の類否判断においては、要素が多少似ているだけで類似とされることはまずありません。はっきり言ってしまうと、特に近年は、図形商標同士ではほとんどの場合「非類似」の判断がされています。類似とされるのは、「全体としてかなり似ている場合」とか「きわめて似ている図形が反転しているだけの場合」くらいではないでしょうか。
そう考えると、費用対効果の面で実用化まではどうなのかなとも思います。
また、AIが精度の完全性を担保してくれるのかという問題もあるでしょう。
見落としは許されませんから、「精度が高い」だけでは足りません。
もし、「今の精度では抽出モレがあるかもしれない」という疑いが少しでもあれば、結局は人間の目でも調査して確認をする必要がありますから、人間の代替までは難しいと言えます。
AI図形商標調査の使い方としては、先に人間の目で調査をした後で、「やっぱり問題ないよね」という確認のためとか、「調査に見落としがないか」の確認のために用いるというのが、今のところ現実的かと思われます。
(2)翻訳
自動翻訳も、現在のAIが得意なことの1つと言われています。
実際に、AIによる特許翻訳業務の自動化をうたったサービスの売り込みが、最近多く見られるようになりました。(弊所では特許業務を取り扱っていないので、即お断り&ゴミ箱行きですが・・・。)
特許業務におけるこのようなAI技術の導入状況は、当職にはわかりかねますが、商標業務における翻訳のメインは、わりとシンプルな指定商品・指定役務となりますから、AIを活用するにしては恩恵が少ないかもしれません。
使い方によっては、現地代理人とのやりとりにも活用できそうですが、商標弁理士にはそもそも語学に強い人が多いため、こちらも需要はあまりないかもしれません。ただ、現地代理人と英語を使わずに現地語でやりとりがしたいとか、現地語の指定商品・指定役務が正しく意図したものになっているかを確認したいといった場合には、有用かもしれません。
(3)定型書面の作成
「誰が作っても同じ内容になるような定型書面」については、AIを用いることでより効率的に自動化できるようになるのではないかと思います。
「誰が作っても同じ内容になるような定型書面」のわかりやすい例としては、更新登録申請書とか商標登録料納付書が挙げられるでしょうか。ある程度の自動化であれば従来技術でも可能だったと思いますが、AIを活用すれば、たとえばパソコンのマイクに向かって「登録〇〇〇〇〇〇号、更新、10年、明日」と呟くだけで、翌日付の更新登録申請書がポンと完成ということも実現可能ではないかと思います。
(4)その他
その他、インターネット上の膨大なデータを利用して、AIに商標権侵害の発見・監視をさせたり、模倣品のネット出品・販売の発見をさせたりする活用法も考えられるのではないでしょうか。
また、不使用取消審判が請求された場合等に提出が必要となる使用証拠について、定期的に巡回・記録・保存させておくという使い方も考えられそうです。
提出書面の書式チェックについては、AIを使わずとも実現可能とは思いますが、AIを利用すればより精度の高いチェックが可能になるでしょう。
とりあえず、ざっと思い付くのはこれくらいでしょうか。
3.今回のまとめ
こうして見てみると、現時点でAIをそれなりに使える商標業務というのは、実はかなり限られているように思われます。
そして、これらはいずれも「弁理士でなくてもできる業務」と言えそうです。
逆にいえば、弁理士の強みを活かすような仕事、たとえば依頼人にヒアリングすること、それを踏まえて依頼人ごとに最適な提案やアドバイスをすること、依頼を進める中で依頼人や第三者の心理を汲み取ることなどは、AIには到底難しいでしょう。
「弁理士業務の92.1%がAIで代替可能」と言っている人は、おそらく弁理士が(3)定型書面の作成のような業務しか行っていないと誤解しているのでしょう。
少なくとも、商標弁理士だからこその強みを活かせる仕事というのは、前述のAIの特徴を踏まえると、実は代替が難しいことがわかります。
これについてはまた、来月のコラムで書きたいと思います。