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「申請手続がかんたん=商標登録がかんたん」という誤解

<新着コラム> 2019年6月24日 by 永露祥生

社会一般の商標に関する理解は、残念ながらまだ十分ではないようです。
報道などで商標の話題が出るたびに、ネット上では多くの意見・感想を見かけます。
多くの方々に、商標について興味を持ってもらえることは良い傾向だと思います。
しかし、誤った理解に基づく言及も多く、これらを目にするたび特に実感します。
(たまに、意味不明な「専門家のコメント」も見かけます・・・)

当事務所でも、商標制度の理解に役立てるよう「商標誤解集」のコンテンツを公開しておりますが、最近、商標について特に誤解されていると感じることがあります

それは、「商標登録はかんたん」であるという誤解です。

私が思うに、どうやら全く異なる「申請手続がかんたん」ということと、「商標登録がかんたん」ということが、ゴチャ混ぜで理解されてしまっているように感じます。

この原因の1つとしては、ネット上で「商標登録は自分でかんたんにできる」とか、「自分でかんたんに商標登録をする方法」といったようなコンテンツが数多く見られることにあるように思います。これらのコンテンツでは、主に申請手続の方法が紹介されているようですが、閲覧者にはあたかも商標登録自体がかんたんであるという印象を与えてしまうように感じます。

もう1つの原因としては、格安料金で商標登録の代行サービスを行なう特許事務所(格安特許事務所)が、ネット上では相変わらず減らないことにあるように思います。これによる「格安=かんたんな仕事」という誤った認識が、商標登録自体をかんたんなものと誤解させてしまっているように感じます。


意味のない商標登録とならないために

「申請手続がかんたん」というのは、たしかに否定できない事実です。
パソコンがあれば電子申請が可能ですし、手続をするために、手配が面倒な書類を添付する必要もありません。

ですから、方式面から見れば、「商標登録はかんたん」と言えるのかもしれません。
「とりあえず、登録ができさえすれば良い」のであれば、たしかにかんたんでしょう。

しかし、商標登録とは、申請人の事業内容や実際の商標の使い方などにマッチした、「いざという時に使える」ものとしなければ、はっきり言って意味がありません。

そのためには、単に「どのような商標を、どのような商品・サービスに使うか」という点を考えるだけでは足りません。たとえば、商標見本はどのようなものとするのが適切か、将来的に商標を使う可能性のある商品・サービスは何か、他人の登録や使用を防衛したい商品・サービスは何か等といった点を、登録可能性はどの程度か、不使用取消審判のリスクはどの程度か、実際に使用した場合にどのような社会的リスクがあるか、海外での使用はあるか等までも視野に入れた上で、考慮することが必要です。

つまり、商標登録の実体面となる申請内容は、様々な観点よりしっかりと検討する必要があるということです。

したがって、当事務所に商標登録をご依頼いただいた場合には、上記を検討するために依頼人に詳細なヒアリングを行ない、商標実務上の留意点や注意点から逆算した上で、「強くて適切な」商標登録となるよう、戦略的な申請内容をご提案しております。すなわち、当事務所では、依頼人ごとにマッチした戦略的な申請内容を考案し、ご提案するという、「オーダーメイド型のサービス」の提供を心がけている次第です。

(本当に)商標を専門とする弁理士であれば、これが自然にできているはずです。
しかし、残念なことに、弁理士であっても「商標登録はかんたん」と誤解している者が少なくないように思います。

このような誤解をしている弁理士は、おそらく商標実務経験が浅いと考えられます。
したがって、こういった弁理士に依頼をしてしまった場合、

依頼人「飲食店で商標を使っています。」
弁理士「では、『飲食物の提供』について商標登録しましょう!」
(本当は、飲食店内で販売するテイクアウト商品の商標)

依頼人「広告で使う商標です。」
弁理士「では、『広告業』について商標登録しましょう!」
(本当は、あるサービスについての広告物に使う商標)

依頼人「会社の車に商標を表示します。」
弁理士「では、『自動車』について商標登録しましょう!」
(本当は、あるサービスを提供する営業車に使う商標)

といったような、意味のない商標登録をしてしまう可能性が懸念されます。

笑い話に聞こえますが、実際このような例もあるのです。
依頼人にとって気の毒なのは、何らかのトラブルが生じるまで、意味のない商標登録をしていることに気付かないことです。気付いた時には、眼目の商品・サービス分野ですでに他人に商標登録を取られていたなんてことになれば、目も当てられません。
弁理士に依頼せずに、自分で申請する場合は、リスクもより高まるでしょう。

このように、商標登録をするには、様々な観点を考慮した上で、適切な申請内容となるように、専門的見地からしっかりと検討することが必要です。「申請手続がかんたん=商標登録がかんたん」というのが、いかに誤った認識であるか、よくご理解いただけるのではないでしょうか。


格安事務所に依頼する前に気を付けたいこと

上述のように、当事務所に商標登録のご依頼をいただいた場合、適切な商標権を取得できるよう、依頼人に詳細なヒアリング等を行ない、申請内容については時間をかけて検討いたします。よって、それなりの労力・時間を必要としますので、それ相応のサービス料金を頂戴しております。
当事務所では、商標登録サービスを格安料金でというのは、到底ムリな話です。

一方で、主にネット上では、結構な数の格安事務所を目にします。
なぜ、これほどまでに多くの格安事務所が存在しているのでしょうか?

まず、(もっともな理由を述べていたとしても)やはり「仕事が欲しいから」という理由が大きいのではないかと思います。昨今は弁理士業界も競争が激しいため、これがもっとも簡単なマーケティング手法になります。

また、格安事務所の弁理士がそもそも、上述のように「商標登録はかんたん」であると誤解しているからという可能性も考えられるでしょう。「時間も手間もかからない分、安くできる」というのは、一応筋が通っています。

格安料金の是非については、弁理士倫理上の議論もあるところですが、私としては、それはそれで良いのではないかと考えています。
(もっとも、格安事務所の弁理士とは公私ともに関わりたくないとは思いますが。)

ただし、それは依頼人が商標登録についてきちんと理解していること、すなわち、商標登録の基礎的な事項はもちろん、申請内容の検討や提案は決してかんたんなものではなく、依頼する相手によって差が出るものであるということを踏まえた上で依頼するのであれば、というのが前提条件です。

格安サービスといえば、1000円カットを思い出しますが、1000円カットを利用する皆さんは、サービス内容をきちんと理解した上で利用していると思います。10000円する美容室と同じサービスを受けられると思って利用する人などいないでしょう。

しかし、これがどういうわけか、商標登録の依頼となると、どの特許事務所に依頼しても同じだと思う方が少なくないようです。そうすると、結局は値段で依頼先を選んでしまいますから、ますます価格競争を生んでしまうという悪循環に陥ってしまいます。これは、商標登録を誤解している依頼者側にとっても、サービスを提供する弁理士にとっても不幸なことです。このような事態が生じないよう、特許事務所も、(格安かどうかにかかわらず)依頼人が各事務所のサービス内容を比較検討ができる程度に、事前にしっかりとサービス内容の詳細を説明することが必要だと思います。

ここまでお読みいただいた皆様は、「申請手続がかんたん=商標登録がかんたん」ではないということを、すでにご理解いただいているかと思います。一般的な格安サービスを考えた場合、安いには安いなりの理由があるのが普通です。もし、格安事務所への依頼を検討するのであれば、事前に、自分の望むサービスをきちんと提供してもらえるのか自分の商標や事業内容についてしっかり話を聞いてくれるかそれなりの商標業務の経験が本当にあるのかなぜ格安料金なのか、等といった点を、シビアな目で判断した上で決定されるのがよろしいのではないかと思います。


おわりに

商標登録は、たしかに方式的・形式的な「申請手続はかんたん」です。
しかし、実体的な「商標登録がかんたん」とは決して言えません。

「手続がかんたん=商標登録がかんたん」ではないことを、十分にご理解いただき、特許事務所へご依頼の際には、誤解されませんようご注意いただければと存じます。