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近年の商標関連報道にみる雑感

<新着コラム> 2019年3月25日 by 永露祥生

近年、テレビのニュース番組やワイドショーなどで、商標に関する話題がたびたび取り上げられるのを目にします。

その中でも、「誰々が、他人が使っている商標を商標登録申請した」とか、「誰々が、流行語について商標登録申請した」といった話題が、特に一般の方々の注目を集めるようです。ネット上では、議論や炎上の的となることも少なくありません。

一方で、普段から商標業務に携わる当職のような商標弁理士からすると、このような報道を目にして、もちろん興味は惹かれるものの、「これ、それほど大騒ぎになることかな・・・」という印象を持つことも、実は少なくなかったりします。
業界的には、意外に「あるある」だったりするのです。

このような温度差がなぜ生まれるのかを考えてみたところ、おそらく、一般の方々には商標制度の基本が十分に理解されていないことによるのではないかと感じています。

一般の方々は、上述のようなニュースに接した場合、「盗作」とか「パブリックドメインの独占」をイメージしているのではないでしょうか。そういった、いわゆる「パクり行為」を「悪」とみなし、正義感から非難や批判をされているのでしょう。

もちろん、道義上、「パクり行為」がよくないことは明白です。
その意味では、一般の方々の感覚はおおいに正しいです。
ただ、このような考え方はどちらかといえば創作である著作物(著作権)に関するものであり、商標制度をふまえた商標の本質の観点からすると、一部に若干のズレを感じることがあります。
おそらく、商標権と著作権を混同している一般の方々が多いのだと思われます。

そこで、今回のコラムでは、皆様が今後の商標関連報道に接した際、事態をより適切に理解できるよう、知っておいていただきたい(?)商標制度の基本についてお話したいと思います。


1.商標登録で真に保護するのは、「業務上の信用」

商標とは、商品やサービスに使われるマークです。
良い商品、感動するサービスに出会った時、皆様はそれらに使われている商標を目印として、「また買おう」、「また利用しよう」と思うのではないでしょうか。
つまり、商標には、皆様の「信用」が日々蓄積されていくのです。
一般的には、商標が長く使われれば使われるほど、このような信用は大きいものとなっていきます。

そして、この商標に蓄積された「業務上の信用」が大きいほど、商標としての価値も大きいということになります。
商標登録とは、本来的には、このように商標に蓄積された信用や価値を保護することを目的とするものなのです。

ですから、商標登録は、商標という「創作物」を保護するものではありません。
著作権によって保護をする著作物には、オリジナル性や創作性が重要になりますが、商標登録をする商標は、それらは本来不要なのです。商標登録をしようとする商標が、既存の言葉や図形デザインであっても、基本的には、それ自体は非難されることではありません。(ただし、個人的には、商標の創作性も尊重されるべきだと考えます。

よって、上述のニュースのように、「誰々が、他人が使っている商標を商標登録申請した」といった場合、商標制度の観点から見れば、「パクり行為」自体よりも、その商標にすでに蓄積された信用にただ乗りしたり、それを使うことで需要者を他人の商品・サービスと誤認混同させたりすることが、より一層「悪」だと言えるのです。


2.商標登録は「早い者勝ち」がルール

使っていない商標でも商標登録を申請する理由とは?

商標登録は、商標に蓄積された業務上の信用を保護するものでした。
ということは、まだ誰も商品やサービスに使用していない商標には信用が蓄積されておらず、保護に値する価値はないと言えそうです。

しかし、実際には、まだ使われていない商標が、毎日たくさん申請されています。
ニュースに出てくる「流行語」というのも、言葉としては有名かもしれませんが、商標としての価値があるとは必ずしも言えないでしょう。
では、なぜこのような申請がされるのでしょうか。

その理由として、商標登録は「早い者勝ち」であることが挙げられます。
商標登録は、いち早く申請をした人に認められるというルールなのです。
「先に使用していた人」に認められるわけではない点に注意が必要です。
つまり、先に使っている人よりも、先に申請した人の方が優先されるということです。

ですから、今は使っていなくても、これから使う予定がある商標については、1日も早く商標登録の申請をしておくことが理想なのです。
商標登録をしておけば、他人による無断使用を禁止させられるため、商標に蓄積した業務上の信用を毀損されずにすみます。また、商標登録をしておけば、実質的に安全な使用が確保できますので、安心して事業を進めることもできるのです。

というわけで、上述のニュースのように、「誰々が、他人が使っている商標を商標登録申請した」といった状況は、実は珍しいことではありません。申請者からすれば、「自分が使おうと思っている商標を誰も商標登録していなかったから、申請しただけだ。」という理屈なのです。商標制度の建前的には、何もおかしくはありません。

ただ、やはり程度にもよるかとは思います。
商標が既存の言葉を意味するような文字で、誰にでも思い付くようなものであれば、他人が先に申請してしまっても偶然の可能性もあり、文句は言いにくいでしょう。一方で、商標が特定の企業等が使っている商標として有名だったり、造語性が高くて普通はまず思い付かない語であるような場合は、あきらかに「パクり行為」と言えそうです。

「パクり申請」・「パクり登録」の取り扱いは?

では、このような「パクり行為」による申請に対して、特許庁の審査ではどのような取り扱いがされているのでしょうか。

申請された商標が、特定の企業等が使っている商標として有名である場合には、需要者が誤認・混同を引き起こすとして登録は拒絶されることが多いでしょう。しかし、その他の場合には、「パクったかどうか」を審査官は判断できませんので、他に拒絶理由がなければ、とりあえず商標登録は認められることになります。

「誰々が、他人が使っている商標を商標登録申請した結果、登録がされた」といった報道が出た際に、ネット上などでは、「パクっていることを特許庁はわからないのか?もっとしっかり審査をすべきだ。けしからん!」といった感想がたまに述べられていたりしますが、さすがに的外れでしょう。超有名商標でもない限り、世の中で使用されている(無限ともいえる)商標についてすべて把握することなど不可能だからです。

なお、商標登録が認められた場合、パクられた側としては登録を取消・無効とする手続を請求することで、対抗することになります。
この場合、主に、「この商標登録には、申請経緯に社会的相当性を欠くものがある」という、公序良俗違反の登録であることを主張することになります。しかし、そのためには、あきらかに悪意のある「パクり」であることを、請求側は客観的に証明しなければなりません。単に主観的に「パクられた」と言うだけでは、取消・無効が認められるのはなかなか難しいのです。

実際に、このような理由で争われる審判事件もしばしば見かけますが、個人的には「多分、パクられたんだろうなぁ」という心象がある事件でも、取消・無効が認められていないことは少なくありません。

特許庁としては、「商標を使うなら、早めに商標登録をしてね!」という考え方ですから、特に、商標登録をしようとすればできたのにしなかった場合や、長年放置していたような場合は、(自業自得というと語弊があるかもしれませんが)パクられた側に厳しい判断がされることも少なくはないのです。

このようなわけですので、やはり商標登録は「1日も早く」が重要です。
できれば、外部に公表する前に、申請を済ませておくのが望ましいです。


3.商標登録は言葉を独占するものではない

一般の方々が、商標の「パクり申請」や「パクり登録」を強く非難する背景には、ある言葉が商標登録されると、それを生活の中で皆が自由に使えなくなるのではないか、という心配があるからではないでしょうか。

しかし、実はその心配はいりません。
商標登録とは、言葉を独占するものではないのです。

その商標を、商品やサービスについて使わなければ、何も問題はありません。
そもそも、「業として」商標を使用しなければ、商標権の侵害にはなりません。

ですから、対象が広い著作権の侵害とは異なり、一般の方々が普通に生活をしていて他人の商標権を侵害するといったことは、まず考えられません。
このあたりを、一般の方々の多くは勘違いされているように思われます。
(ただし、個人的であっても、たとえば、インターネット上で販売行為をしていたり、オークション出品をしていたりする場合、それらの状況によっては、「業として」とみなされる可能性も考えられますので、この点には気を付ける必要があります。)


4.おわりに

以上の点をご理解いただければ、今後、商標関連報道に接した際、新しい視点から印象や感想をお持ちになることができるのではないかと思います。
ご参考になれば、幸いです。