「キリンラーメン」事件に見る商標登録の重要性
<新着コラム> 2018年10月30日 by 永露祥生
新聞やネットニュースでも話題になっているように、「キリンラーメン」を製造・販売する愛知県の企業(O社)に対して提起されていた訴訟が、東京地裁で和解したとのことです。この事件では、大手飲料会社(K社)が、自己の商標権に基づき「キリンラーメン」(「キリン」)の商標の使用差止めを、O社に求めていたそうです。
和解により、O社は53年に渡る「キリン」の使用をやめ、今後は「キリマルラーメン」(「キリマル」)として、新たなスタートを切るということです。
ニュース記事の文調のためか、新しい名称を祝う明るいムードがあります。
しかし、実際のところは、O社が商標登録をせずに「キリン」を使っていたため、K社の商標権の侵害可能性を指摘され、結果として長年使ってきた名称を変更せざるを得なくなったという、悲しいストーリーの結末によるものと言えます。
今回の事件は、商標権の恐ろしさや、商標登録の重要性を知る教訓になると考えられますので、本コラムで取り上げてみたいと思います。
商標トラブルは突然やってくる
商標トラブルというのは、ある日突然やってくるものです。
「ある商標を使っているが、誰も何も言ってこない。」
「しかも、もう長年が経っている。今後もトラブルなんて起こらないはず。」
「だから、お金をかけてまで商標登録しなくてもいいや。」
これは、経営者が陥りがちな思考です。
しかし、今回の事件では、O社による最初の「キリン」の使用から実に50年近くが経って、他社の商標権との間でトラブルに遭遇しています。
自分の使っている商標について商標登録をしていない場合、このようなトラブルがいつ起こるかもしれないことに、経営者は常に注意する必要があります。
商標権は思っている以上に強力
商標登録によって発生する商標権は強力です。
経営者の中には、商標登録や商標権を甘く考えている方も少なくありません。
しかし、他社に商標権侵害を指摘されたとき、「自分の方が先に使っていた」とか「自分は何十年も使っている」とか「商標権を侵害しているなんて知らなかった」などの言い訳だけでは、原則として通用しません。商標権の権利行使は、思っている以上に容赦のないものなのです。
今回の事件では、O社もK社による商標権の行使に対して、不使用取消審判を請求するなど、取り得る対抗手段を講じたようです。しかし、対抗策も尽きてしまったのか、交渉を断念したのか、最終的にO社はこれ以上争うことをやめ、名称変更という選択をしました。
一般の方たちからすれば、「50年以上も愛着のある名称なのに、今さら変更させられるなんてかわいそう!」という同情の念も強いのではないかと思います。正直、私もそう思います。しかし、いざ権利行使となると、このような容赦のなさこそ、商標権の恐ろしい点と言えるのです。
実際は名称変更だけですむ話ではない
「でも、名前を変えて解決するなら、たいした話でもないのでは?」
そのように感じた方も少なくないかもしれません。
さらには「商標権侵害なんて、そんなにリスクなさそう」と、
感じた方もいるかもしれません。
しかし、それは他人事の話として聞くから感じることであって、
当事者の身になってみれば、決して些細なことではありません。
今回の事件では、まず50年以上も愛着のある名称の使用をやめなければなりませんでした。きっと、苦しい時も楽しい時も、会社とともに乗り越え、成長してきた名称でしょうし、そこには社員の方々のたくさんの思い出や想いが詰まっていることでしょう。当事者からすれば、本当に無念なことだと思います。
それに、名称変更が事業に与える影響も多大です。
商品パッケージ、商品カタログ、ホームページ、広告物など、様々なものを作り直さなくてはなりません。取引先にも経緯等を丁寧に説明する必要があるでしょう。
コストや労力的にも、決して小さいものではないのです。
安心・安全な使用のための商標登録
今回の事件、やはりO社はしっかりと商標登録をして継続使用すべきでした。
商標権は、商標登録によって発生するわけですが、制度上では、
権利が抵触する範囲では商標登録はできないことになっています。
つまり、商標登録をしておけば、その商標を使うことによって、
他人の商標権を侵害することは原則としてありません。
商標登録をしておけば、安心・安全に、その商標を使い続けることができるのです。
商標登録は、安心・安全に使える「お守り」としての役割を果たします。
その効果を実感しにくいのも事実ですが、事業においてはやはり重要なのです。
本事件についての雑感
ところで、報道によれば、O社は1998年にいったん「キリンラーメン」の生産を中止しているようです(その後、2003年に販売再開し、2010年に全国展開したとのこと)。一方、第30類の商品を指定するK社の商標「KIRIN」は、1998年に登録となっています。
もしかすると、当時両者の間に何かあったのかもしれませんが、O社はやはり2003年の販売再開の時点で、少なくとも商標調査を行なうべきだったと言えそうです。商品展開の規模が大きくなったところで商標権行使をされてしまうのは、ある意味やむを得ないでしょう。
ただ、K社としては、訴訟まで提起する必要があったかは疑問です。
「キリンラーメン」のパッケージを見て、K社の商品であると誤認混同する需要者は実際いるものでしょうか。個人的な感想になりますが、いわば「見せしめ」的な権利行使のようにも見て取れます。
ちなみにO社は、「キリンラーメン」(キリン)のほかにも、「イルカラーメン」(イルカ)、「アザラシラーメン」(アザラシ)、「チンアナゴラーメン」(チンアナゴ)等といった商品も製造・販売しているようです。
このように、商品に多くの種類があると、それぞれのネーミングを商標登録するというのも大変です。こういった場合、コンセプトの方を主な商標として、たとえば「どうぶつシリーズラーメン」といったネーミングを採用する方法もあるかもしれません(※注:あくまで一例であり、ここでは登録可能性については考慮しません)。
商品のネーミングも、商標登録を見据えて戦略的に考えることが重要です。
なお、O社の関係者によるものかは不明ですが、今年の7月に「キリマル」の商標登録出願がされているようです。