SNS時代に注意したい商標の採択
<新着コラム> 2018年7月30日 by 永露祥生
企業等が商品やサービスの商標を採択する際、われわれ商標の専門家は、「商標登録ができそうか」、「使用にあたってトラブルはなさそうか」といった観点を重視して、アドバイスをするのが定石です。
しかし、最近では、インターネット上のウェブサイトやSNS等を通じて、一般の人々が商標登録出願中の商標情報を知る機会が増えています。これによって、しばしば商標に関する「炎上」の場面を目にすることがあります。たとえば、記憶に新しいところでは、流行語となった「そだねー」を、北海道の製菓会社が出願していた(後に、某大生協も出願していたことが判明)ことがメディアで話題となり、少なからず非難の声が上がりました。
商標登録出願をしただけでは、実質的に何の権利も生じませんし、その商標に登録を認めることが社会的に不適切と特許庁の審査で判断されれば、登録はしっかりと拒絶されます。ただ、一般の人々の間では、これらが知られていないことも多く、言葉が独占されてしまうのではないかという不安から、「炎上」に拍車がかかることも少なくないようです。
このような現代社会に特有の背景もあることから、商標登録出願を前提とした商標はもちろんのこと、商標の採択には、より一層の注意を払うことが必要と言えそうです。すなわち、法律的な観点だけでなく、現実的・心理的な観点にも留意する必要があると言えるでしょう。
商標の採択で注意したい点
最近、商標登録出願がされたことで話題になった商標としては、前述の「そだねー」や「PPAP」が思い出されます。一般の人々の間では、おそらく「他人のもの(みんなのもの)を勝手に商標登録して独占しようとするのは、けしからん!」という心情が働いたものと思われます。これらの例や、過去の事例を踏まえますと、些か抽象的ではありますが、「炎上」しやすい商標というのは以下の傾向があるように思料されます。
② 話題性のあるコンテンツの名称や、コンテンツ内で使われる名称等と同じもの
③「他人のもの」と認識されている比較的有名な名称と同じもの
④「みんなのもの」と認識されている公共的・慣行的な名称と同じもの
ただ、これらに加えて、「自分だけが利益を得ようとしている」、「他人に迷惑をかけようとしている」、「剽窃目的である」など、悪意や不正の目的が感じられる場合に特に、一般の人々から問題視されているように見受けられます。
このような商標を採択したことにより、メディアで報道されたり、ネットで炎上したりすれば、出願人の印象は確実に悪くなるでしょう。企業であれば、社会的信用も低下するのが一般的と言わざるを得ません。
したがって、現代社会において、われわれ商標の専門家は、依頼人が商標の採択を検討する際には「登録可能性」や「使用可能性」だけではなく、こういった「話題可能性」や「炎上可能性」についても注意をし、商標調査時にあわせて依頼人にアドバイスすることが必要な時代と言えるかもしれません。
注意すべきは、悪意がない「偶然」のケース
ところで、悪意や不正の目的をもって、他人の商標を勝手に商標登録出願する行為が、非難されたり、炎上騒ぎとなったりするのは、ある意味で当然の結果と言えます。これによってトラブルが発生しても、自業自得と言えるでしょう。
一方で、注意すべきは、何の悪意もなく自分自身で考案した商標が、たまたま上述のような名称と同じになってしまった場合です。特に、上記②「話題性のあるコンテンツの名称や、コンテンツ内で使われる名称等と同じもの」になってしまう場合が懸念されます。
たとえば、非常に人気で話題性のあるスマホ用ゲームの登場キャラクターの名前と、採択した商標がたまたま同じになった場合、これを商標登録出願すると、このゲームのファン層から何らかのバッシングを受けるリスクがあると考えられます。悪意などなく、たとえ偶然であっても、彼・彼女らにそれはわかりません。特に、造語性が高ければ高いほど、不要なトラブルを招いてしまう可能性があると考えられます。
スポーツ、芸能、音楽、アニメ・ゲーム・漫画などのエンターテイメントなど、コアなファン層がいる業界のコンテンツには、特に注意が必要と言えそうです。
商標の採択の際には、少なくともインターネット上の使用例などをチェックして、(完璧に調べることは難しいとは思いますが)炎上要素がないかを確認することも大切と言えるでしょう。
「あえての戦略」を狙うことはオススメできない
とはいえ、当人からしてみれば、「商標登録は早い者勝ちだ」、「誰も商標登録していないから出願しただけだ」という言い分もあるかと思います。制度上はたしかにそのとおりで、正論です。したがって、中にはたとえば、あえて流行語を商標登録出願することによってメディアから注目され、会社の知名度を上げようとする「戦略的」なケースもあるかもしれません。
前述の「そだねー」を商標登録出願した製菓会社が、どのような意図を持っていたかはわかりかねますが、多くのメディアに取り上げられることによって、少なからず会社の知名度が上がったのは間違いないでしょう。しかし、これがプラスに働くか、マイナスに働くかは何とも言えないところです。
上述の通り、一般的には、出願人に対するマイナスイメージの方を持たれるのではないかと思います。商標とは、使用することによって信用が化体するものであって、商標の保護はすなわち業務上の信用の保護を意味します。よって、たとえ流行語の商標登録に成功したとしても、そのような一般の人々の持つマイナスイメージの下でいくら使用したところで、その商標に信用が化体されるとは到底思えません。結局は、意味のない商標登録になることが予測されます。
以上の次第ですので、自社の知名度アップ等を目的とした戦略的な炎上については、商標の世界ではオススメできないと言わざるを得ないでしょう。