ある失敗談に学ぶ商標調査の重要性
<新着コラム> 2018年6月12日 by 永露祥生
ずいぶん前の話となりますが、あるテレビ番組の番組内にて、某タレント実業家が「商品ネーミングで1億円以上の損失を出した」失敗談を語ったそうです。
私は当該番組を見てはいないのですが、ネット上のニュースでも話題となっており、読んでみたところ、どうやら「商品の商標に関する失敗談」だったようです。そして、その原因は、商標調査を怠っていたことに起因すると考えられます。
このタレントに限らず、事業を行っていれば、実は誰にでも起こり得る失敗談です。
しかし、このようなリスクを認識している経営者は決して多くはありません。
そこで今回は、商標調査の重要性を実感できる良い教訓にもなりますので、当事務所のコラムでもご紹介したいと思います。
失敗談の内容
ネット上の記事によれば、概ね以下のような内容です。
なお、具体的な名称・商標等は、伏せております。
そして、商品のネーミングをAと名付けた。
甲は、この商品Aを発売開始した。
発売して10日ぐらいが経った頃、大手製菓会社乙の弁護士から電話がきた。
弁護士によると、「Aはうちの商標です。今すぐ使うのをやめてください」ということだった。
乙の商標は商標登録されていたため、甲は使用を中止した。
しかし、甲はすでに広告を打っており、パッケージを何万個も作っていた。
そのため、廃棄等で結果として1億円以上の損失を出してしまった。
どこに原因があったのか?
ご存じのように、商標登録がされている商標と同一または類似の商標を、その権利範囲にある商品・サービスについて無断で使用すれば、商標権の侵害となります。
他人の商標権を侵害すると、その商標の使用中止や損害賠償を求められる場合があるほか、刑事罰が科される可能性もあります。
したがって、事業者は、他人の商標権を侵害することがないように、自社の商品やサービスのネーミング使用開始前に、問題となる登録商標が存在していないかを調査・確認する必要があります。
しかし、今回の内容を見る限り、タレント甲は商標調査を行わず、思い付きで決めたネーミングをそのまま使い始めてしまったように見受けられます。
なお、ネット上の記事によれば、乙の弁護士は「Aはうちの商標です。・・・」と言ったとのことですが、実は、甲が使っていたネーミングAと、乙の保有していた登録商標は、まったく同じではありません。乙としては、Aが自社の登録商標と類似すると言いたかったのだと思います。
この失敗談は、ネットで調べたところによると、おそらくは平成22年頃の出来事のように思われます。その後、(商標権侵害事件ではありませんが)裁判所で似たような商標の類似性が争われ、結論として「類似する」と判断された(知財高裁 平成23年3月17日 平成22(行ケ)10335 審決取消請求事件)事件もあったことから、甲としては、即刻使用中止したのは正しい判断だったと言えるかもしれません。
(※注:経緯の詳細は不明です。時系列が逆かもしれません。)
商標調査の重要性
もし、他人の商標権を侵害してしまったら、「商標を変更すればいいんでしょ?」と簡単に考えている経営者も少なくありません。
実際、自社の商品・サービスのネーミング使用開始前に商標調査を行っている事業者は、割合で言うとかなり少ないのではないかという印象があります。
しかし、いざトラブルが起こって商標を変更せざるを得なくなった場合、その変更には多大な手間やコストが伴うことを、あらかじめ認識しておくべきでしょう。
取引先やお客様への説明はもちろんのこと、新ネーミング考案、(同じ失敗をしないための)商標調査、パッケージ変更、ホームページ修正、カタログ変更、看板変更などなど、それなりのコストがかかってしまうのが普通でしょう。甲の場合は、大量の商品パッケージを作っていたことから、1億円の損失が出たということですが、資金に余裕のない一般的な中小個人事業者の場合は、事業継続も危ぶまれるかもしれません。
きちんとした商標弁理士による商標調査にはそれなりの料金がかかります。
ですので、商標調査をせずにコスト削減をしたい経営者の心情も理解できます。
しかし、今回のような失敗は、天災のようにある日突然起こるものではなく、商標調査を行なうことによって十分に予防し得たはずのものなのです。
商標変更となった場合にかかるコストは、商標調査費用以上になることでしょう。
なにより、商標変更をすれば、それまでそこに蓄積されてきた信用やブランドが台無しになってしまいます。これらは、お金では買えないものですから、もっとも大きな損失と言っても過言ではありません。
経営者の皆様には、ぜひ「転ばぬ先の杖」として、ネーミング使用開始前に、ぜひ商標調査を実施されることを強くお勧めいたします。
また、可能であれば、使用開始前に商標登録までしっかり済ませておけば、より安心・安全に事業を行なうことが可能となります。